六畳間の窓枠

色々な作品の感想や所感を書いていけたらなと

「私は、ここにいる」ー劇場版 魔法少女まどか☆マギカ<ワルプルギスの廻天>感想(ネタバレアリ)

 

マジでデカくてワロタ

前説

自分にとって、初めて「魔法少女まどか☆マギカ」と言う存在を認識したのは「叛逆」だったと、振り返って強く感じる。

小学生の頃まで交友があった幼馴染が勧めてくれた一作が「まどか」で、TBSで再放映されてた「永遠の物語」を見てハマり、近所のTOHOシネマズで観ようとしたら満席で観れずに帰る羽目になった苦い記憶がある(その後TSUTAYAレンタルで視聴)。

とは言え、この時点では今の自分がケレン味と前衛的な表現を持った作品を好む一助になった。以上の作品では無いのですが、この一報が自分の中で強く興味を掻き立てました。

 

主演キャストによる新録ボイスも収録! 『魔法少女まどか☆マギカ』新作コンセプトムービーの制作スタッフ&キャストが判明 | アニメイトタイムズ

「白鳥のバレエ」を見せるまどかの姿は今でも鮮烈な印象を与えますし、2016年に関係が中学卒業と共に断絶した当時三年だった先輩と行った【MADGATARI展】で拝めた時は心底感動したのを覚えています。

 

「このコンセプトアートがどう言った形になるのか」

 

様々な作品に触れる様になっても気になっていた事柄。

それが「ワルプルギスの廻天」という形で結実すると知った時は本当に狂喜乱舞しましたよね。

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ここから幾度とない延期とPV公開を経て、遂に今日(書いてる時点では昨日)2026年8月27日[金]にロードショーというのは本当に胸が熱くなりました。

焦がれ続けた「Puella Magi Madoka Magica Concept Movie」がどこまで反映されてるのか、「今回こそは延期しないから!!!!」と宣い続けた思いが報われるのか。

全力でこの「ワルプスギスの廻天」という作品と死闘した感想を書いていこうかなと思います。

ここから感想兼ネタバレの話ですので、まだ見てない人はバックしてください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はい。では話していきます。

 

1/「本日、今、この時」の気持ち

率直に、今の気持ちを述べるなら本っっっ当に最高だった!!!

「交響詩篇エウレカセブン ハイエボリューション」シリーズ「劇場版少女☆歌劇レヴュースタァライト」を筆頭に、作品が持てるエネルギーを総動員し、燃やし尽くす。その過程でメタ的な示唆と包括する「システム」への抗いを見せる、そういった物語が好きな身としては「叛逆」同様に大変楽しいモノを見せてくれたと思う。

同時に、「Puella Magi Madoka Magica Concept Movie」に脳を焼かれた身としては「あ!コンセプトムービーのシーン(台詞)ここで使われるんだ!!」といった発見と感動もあった。

「叛逆の物語」と言うある種の「完結」を迎えた世界の続きを描くとしたらあれ以上は無いだろうし、その上で作品に散らばっていた、「曖昧にされたもの」のベールを暴き、描いていく様は「シンエヴァ(あるいは夏エヴァ)」を彷彿とさせる。

言わば↑で名前の挙がった「描き尽くす」作品を好む自分は大いに楽しめた。

 

しかし。そういうのを抜きにして「作品」としてどうだったか?と言われたらやはり「60点(多く見積もっても70点)」の作品だと思う。

というのも、今作は「叛逆」のその後を描くにあたって設定が増え、キャラも増え、故に描くべきことも膨大になったが故の駆け足感を感じてしまう場面がいくつかあった。

如実に感じたのはやはり新キャラである紫丁香とセルマ・テレーゼが見滝原の面々と仲良くなっていく過程。ワスもだけど、このキャラ達がフック無く仲良くなっていくのは直前にあった「日常に溶け込んでいく」という台詞や正体からして「正解」ではあるのだけど、それにしても急き過ぎてたと感じる。

しかしその割に話の見せ方はやや単調気味な構成で、「13年待った」とかそういうのを抜きにしても、全体的に「TVシリーズ2期の総集編」的な印象を抱く。

やり残しの精算。やるべき事の回収。そういう部分に重きを感じてしまい、もっと描けるのに勿体ねぇ.....という思いをどうしても感じてしまうし、やはり三人の新キャラは皆良い性格と良いキャラしてると思うので、パンフレットにも書いてあった通り「TVシリーズ」として描くのが一番ベストだったと思うんですけどもね......うぅ.........

そう言う意味でも今作は具体的な盛り上がりどころと言うのが非常に少なく、そこが不完全燃焼感に繋がっている部分だろう。

 

しかしそれ以上に、「キャラIPモノとしての限界」を感じたから。というのが大きいと思う。

2/果たして、「システム」に打ち勝ったか?

個人的な認識として、

「まどかの願いは正しかったのか。ほむらの愛(エゴ)は間違っているのか」

という前提があって、その上で

「"魔女"は本当の意味で救われたのか」

②「鹿目まどかは"人"なのか"システム"なのか」

「異なる思想は共存できるのか」

の3軸が存在し、それを貫く形で

「摂理(運命/線引き)に打ち勝てるか=自由意思を貫けるか」

が全体テーマだった様に思える。

①はワス、紫丁香、セルマで組まれた「名塚底根」組はまどか(円環の理)によって救いを齎されはしたが、それが「=個人にとっての救済だったか?」をそれぞれのスタンスや背景を元に突き付けているのがかなり目から鱗だったし、それ故にセルマのキュゥベえを全面支持する姿勢はかなり新鮮だった。

②は特に顕著というか、「名塚底根」組は終盤まで「救い主/邪魔なシステム」として見ていて、見滝原組も「距離感のある存在」から「今後も仲良くしていきたい友人」くらいにまで距離を縮めてるとは言え、全体的に「まどかに対しての感情=偶像崇拝」って雰囲気なんですよね。セルマもそこをさらっと言及してましたけど。

その中から明確に外れてるのがほむらとさやかだけ。.....というのも、諸々踏まえて腑には落ちるけど、終盤の収束具合からして結構「舞台装置」じみた想いを抱く(これは②に限った話じゃないけど)。

③も具体的な形はで示されてはいないが、「円環VS悪魔」「ご飯を残す/残さない」「崇拝と友愛」「魔女と魔法少女」「キュゥべえに賛成か/反対か」「正しさVSエゴ」etc.といった思想/スタンスの対立がふんだんに存在しているし、終始この対立構造との戦いで話を駆動し続けていたと思う。

冒頭の「トカゲさん電話」を使い悩みを解決するフリをして日雇い魔法少女を作り出すほむらと、直接話を聞いて、悩みを解決は出来なくても寄り添う姿勢を見せるまどかもこう言った対比の一環か。

 

こうして見ると、「廻天」という作品はTVシリーズ〜叛逆以上に「運命(決め付け/決まりごと)との戦い」を描いてる様に思うけど、それが果たして成功していたか?「摂理に打ち勝てていたか?」と言われたらあのラストを踏まえても「No」だろう。

確かに①と②の軸は達成していたと感じるけど、③は「人間単位」でなら一定の達成を果たし、「円環と悪魔」の話にフォーカスするなら全然達成出来ないと思う。そもそも大前提である「まどかの願いは正しかったのか。ほむらの愛(エゴ)は間違っているのか」も結局「円環の理」そしてまどかの持つ「慈愛」と「正しさ」の前に敗北していた様に感じるラストだった。

「円環」というシステムはありつつも、「まどか」は存在し続けているなら両者の思想の引き分け。互いに「自由意思」を貫いた。と捉える事もできるけど、まどかが消えた以上、そう思う事はなかなか出来ない。

 

突き詰めていけば、「廻天」で描くべきだったのはまどかとほむらによる認識の擦り合わせとその上でエゴを賭けた喧嘩で、魔法少女や魔獣/魔女、そしてインキュベーター諸共の一切合切を消し去った新たな秩序を描き、「普通の中学生」として改めて出会い直す......だったと個人的には思う。

そうしなければほむらとまどかは本当の意味で共存出来ないし、散々描いていた「システムへの抵抗」に対しての新しい答えたり得ないだろう。

 

キュゥベえのやっている事はセルマの言う通り大局的に見れば良いものかもしれないが、その過程でざまざまなものを踏み躙る以上、「有害な存在」と扱うしか無いし、「魔法少女」と言う概念が存在し続ける以上、まどかはその性質と思いが故に背負わされたモノを降ろせず、ほむらもまた苦しみ続ける。

なら必然「全く新しいシステム」を打ち出すしか無いのだが、その選択を取るという事は正真正銘「魔法少女まどか☆マギカ」を終わらせる事と言える。

「人身御供で成立するシステム」と「元凶を消し去る」選択を取れない/描けなかった事に「キャラIPモノ」の限界を感じてしまった。というワケです。

 

同時に、最後に映し出された壁に囲まれた見滝原とそれ以外は砂漠と化してる世界はほむらの「せめて大切な人の居場所は守り続ける」と言うささやかかつ堅実な「システム」への抵抗とも取れて、非常に涙ぐましい。

ほむらの微笑みはそう言った「一つの事は貫いた」事への充足感、なのかもしれない。

しかしその結末は「13年」という重みの前じゃ満足させるに至らないし、期待していたものでは無かった。という認識の擦れ違いが今作を賛否両論にしているのかな?と感じる。

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というかこの「終わらせるんだな......!?」感が強い割にあのオチなのは正直詐欺だと思うんですよ()

「彼方」もそんな感じの歌詞じゃないですか!!!!!!!尚更ね!!

 

3/じゃあ、この作品嫌いなん?

自分の中にある「ここを描いて欲しかった」を整理した上で、改めてこの作品は嫌いなのか?を考えると「そんな訳ない」とどうしようもなく思う。

同じくらい好きな場面や要素も存在している。

 

冒頭のアクションや「トカゲさん」として黒幕やってるほむらは「新世界」を如実に痛感させてくれたし、ほむらVS「名塚底根組」の規格外の戦いっぷりは視覚的にも見ていて楽しかった。

特に今作はケレン味的な戦いではなく「王道さ」をベースにしたアクションが多かったのが、なんとなく本作を「普遍的」かつ一番「魔法少女モノしてたな」と言う思いにさせる要因だったのかも。

 

設定面でも魔獣と魔女の違い。そこから発展して「ワルプルギスの夜」や「魔女」とは?に繋げていく構成は穴埋め的ではあるけど「あ〜そういうことね!!」と頭でハマっていく感覚は気持ち良かったし、何故「ワルプルギスの夜」が見滝原に現れたのかもめちゃくちゃ納得してしまう説得力がある生き様だったように思える。

新キャラであるワス・紫丁香、セルマは皆魅力的だったし、セルマに関しては前述した通りこれまでに無かった視点かつ「数多くの魔法少女が居るならこういう子もいたんだろうな」という思いになった。

だとしてもラストがあんまりにもあんまり過ぎるだろ!!とは思うが、キャラを突き詰めていけばあのやり方でしか報われないのがな.........

ワスもとい「ワルプルギスの夜」は「悪循環の中で救いになろう」というまどかやほむらと正反対の立ち位置に居たのはTVシリーズにおいて「最大の敵」だった事にもハッキリと意味が生まれ、同時に「失敗した円環」なんだなという対比があったのも良かった。

紫丁香はこう、お前はもっと幸せになって良いんだよ.......😭という思いになる。紫丁香がただただ幸せになる感じのスピンオフください。

 

見滝原組はあんまり言う事ないけど、強いて言うならなぎさがとても良いキャラしてたと思う。

「楽しむ事を重視する」「必要と感じた事以外に労力を割かない」と言うスタンスは「廻天」に登場したどのキャラとも明確に違う立ち位置だし、だからこそ作中での行動に一貫性がある。

考え続ける人達を中心に話が駆動し続けるからこそ、俯瞰した言葉を放てる。

さやかのメンブレ(自身の所在を見失う事)に対して言葉を掛けれるならなぎさしか居ないし、ほむらのメンブレに対して発破を掛けれるのはさやかしか居ない。と言う数珠繋ぎはマジで綺麗だった。とは言えほむらちゃん、さやかの扱いが雑過ぎる!!好意的に見てるからこそ、そうやって良いと思ってるんだろうけども!!

 

なぎさが記憶保持してる理由としては、さやかが直接的に弄られただけで(核心に触れようとしない限り)円環側の存在は何だかんだ保持し続けられるんじゃないかな?と。でも叛逆で「薄れていく」云々言ってたから、ぼんやりと覚えてはいたけどあの局面になってハッキリ思い出した。とかなんだろうか。

 

こうやってつらつら書いた上で、じゃあ何が一番心に来たかと聞かれたら、やはりあの世界で抗い、「何か」を示し続けようとした姿なんだよなと。

「何故自分はこうしたいのか」

「自分は何を成したかったのか」

「自分は、どうしたいのか」

そう言った「気持ち」を、お世辞にも上手い着地とは言えない中でも描き抜き、見せてくれたのは最大限の感謝ポイントと言える。

ほむらも散々回り道をして、ようやく自分の想いを、気持ちを「正面」から言葉にして形にして示す姿は見ていて熱くなったし、だからこそ報われて欲しいと思ったし、故にラストで「マジか」と言う思いになったんだろうな。

 

改めて思い返せば「廻天」のキャラって迂遠な言い回しせず、ハッキリと「想い」を伝える人達が多かった様に思える。

シリーズ通して存在していた「きちんと言わなきゃ伝わらない」という部分のフィードバックをキャラ単位で描いてきたのは正に「叛逆」以降の作品で、「叛逆」まででは出来なかった作風だなと。

4/「現状の総評」

この作品は「普遍的」だと思います。

「まどか☆マギカ」の様な斬新さも「叛逆の物語」の様な驚くべきタネも仕掛けも無い。

「叛逆」以降を描くとしたら"こう"するしか無いし、これ以上が無いよなという思いは正直変わらない。

13年という長い時間を経て世に出たこの作品はもう「特別」では無く「普通」あるいは「ありきたり」「凡庸」と言える形に落ち着いた。

実際2時間でやり切るには無理がある─十全じゃない─内容だし、魅力的な新キャラも惹かれるカットも全部を刹那的に使い捨てていくのは攻めていて好きだが勿体無い。結末もモヤモヤする。

もっと良い形があっただろと思う。

もっと着地点を模索しても良かっただろと心底思う。

ほむらとまどかが道を違え、それぞれの生き方を歩み出す。という方向に行くとしてもより良い描き方はあった筈だとどうしようもなく思う。

要は「止揚(アウフヘーベン)」がこの作品には足りなかったと感じる。

それでも、この世界に生きる人達が想いを言葉にし、形にし、行動に移して戦い抜く生き様はどの様な時代であっても誰かの心に火を灯し、手を引ける「普遍的」な力を持っていると思うし、何より、「どの様な選択を取ったとしても、それが失敗に終わるとしても、応援してくれる人は必ずどこかに存在してる」というのは勇気を与えてくれる。

「システム」を打ち倒す事は叶わなかったかもしれない。それでも確かに「生きた」証を、「"私"は”私”に従って成した」という「自由意思」の証明を打ち立て詰め込んだ事にこそ、この作品が今の世に出てきた意義があるのでは無いかと。

そしてそういう部分にこそ「システムとの戦い/抗い」を描く作品が好きな自分に刺さった部分なのだなと強く感じました。

ありがとう

 

少なくとも、10年前「Puella Magi Madoka Magica Concept Movie」に目を奪われた少年はようやく報われたなと。

【MADOGATARI展】の会場周辺にあった宣伝ポスター
2016年の9月25日撮影

EX/各PV

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心底絶叫したのを覚えています。

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この特報1範囲の映像、基本的に序盤部分しかないし、まさかまどか変身シーンはしっかり使われるやつだとは思ってなかったな.......

同時に「このカット無かったよな?」とか「このシーン、構成変わってないけど構図は変わってたな.......」がこの時点で結構ある。

見滝原の全景。弓を構える日雇い魔法少女ちゃん。佇むワスとか。

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この範囲のカットも本編だと変わってたりしてビックリするね

落下するほむらは蜘蛛の巣的なエフェクトが違うのに変わってた筈だし、セルマの肩に乗るキュゥべえのカットは向きが反対になってたと思う。

印象深いまどかを見つめる「◯◯◯◯◯◯」とかここまで不気味じゃなかった気がする。

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そんなに変更になったカットは無い印象だけど、ぽつぽつ描写やエフェクトが追加されてるね(本編は杏子の口元にジャム?着いてた筈)

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ここら辺になるともう全然追加描写は無い感じかな.....?(記憶とそこまで相違無いので)

こうやってPVを見ながら本編と照らし合わせてくと、如何にシャフトが表現に拘ってるのかを凄く痛感するし、そこが良いんだよなと思うけどちゃんと納期は守って欲しいんだよなッ!!

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歌詞とメロディ含めて、最後の物語(暫定)がこの曲で良かったと心底思います。

「まどか☆マギカ」、そしてまどかとほむらの物語を包括するに相応しい内容だなと。

少しでも世界に対して前を向ける、そんな曲だと思います。

 

一緒に映画を観るのは楽しい事!!──「夜中のポップコーン/グランパ・エスケープ」感想

 

昨日はテアトル新宿で上映されていた「田辺・弁慶映画祭セレクション【夜中のポップコーン】」を観てきました。

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予告編の時点でかなり惹かれる内容だったのと、タイトルデザインがめっちゃオシャレだったのが決め手となり足を運ぶに至った(日曜が最終日かつオールスター舞台挨拶があったのは自分としてはかなりサプライズだった)のですが、今年ベスト...どころか「オールタイムベスト」と言っても過言ではないレベルで刺さった作品になったと。

というのも、この作品は「"映画を観る人"を観る映画」。

映画を通して登場人物たちの心情やリアクション、人生を見る。画角からも「覗き見てる」感じがよりその言葉の印を強くしている(長田が三澤をトイレに訪ねに行く辺りや、長田の背後で繰り広げられる泥沼の言い争い辺りでそう感じた記憶)。

主役である長田、三澤、松野の三人は放映されてる「ザ・クロース」という映画が好きという共通点はありながらも性格はバラバラ。特に初対面である長田と松野は作中で「吊り橋効果だ〜!」ってセリフがあった様に、ああいう環境や状況じゃなきゃ絶対関わる事もなかっただろうな...と感じるくらいには。映画に対するスタンスがかなり真逆過ぎるし.........

なのでふとした出来事がきっかけになり距離が近づき、あっという間に仲良くなっていく流れは観ていて「仲良くなるきっかけって、案外明確な理由が無かったりするよな」という事を思い返させてくれるし、あの自然体かつコロコロと表情が変わり言葉を交わし合う姿は「本気で映画を楽しんでる」感じれて本当に好きなんです。

その後も三澤を起点にした厄介事が続き、浮気(?)や過去の不破が明かされ空気がどんどん気まずくなっていく流れは、コメディ作品ながらも息を呑むシリアスさと全部が繋がっていく気持ち良さが同居した緊張感は結構新鮮な「どうすんだこれ」を感じれた。だからこそ、その空気を打ち破る三澤のお父さんの存在はかなり清涼剤になっていたなと。

長田が自棄になった様な言葉に「そんなこと言うもんじゃないよ(だっけ?)」とサラッと言うのは格好良かった。というか貴方が「高跳びメガネ」だったんかい!!

三澤も行動が最悪過ぎるけど、傷心してる長田が焦がしたポップコーンを改めて焼き直す姿は長年の友人としての絆を感じるし、泥沼の三角関係の起点になってた大樹も無言でポップコーンを食べ始め、最後には5人で仲良く「ザ・クロース」と言う好きな映画を観て楽しんでしまってる感じは、それこそ序盤で言っていた「地上波で観る良さ」。つまり、「好きな映画」を共有して楽しむという一体感を体現したあのラストはあらゆる垣根を超える「映画」という文化への賛歌とも言えて、かなりグッと来た。

一人で映画を観て、SNSで感想を呟くという自己完結的な映画の楽しみをしていた最近の自分にとって、色んな人と同じ空間で一つの映画を観て、リアクションをして、感想を語り合うという忘れかけていた「楽しさ」を思い出させてくれた本作は、どのタイミングで観てもきっと新鮮な気持ちで笑ってしまうし、楽しめる。そういう意味でも「オールタイムベスト」な作品だなと感じました。めっちゃ最高です。

主演を務めた鳩川さん、笠松さん、中尾さん達の関西弁によるテンポの良い掛け合いや観ていて思わず笑ってしまう仕草とコロコロ変わっていく表情はは物語にグッと引き込んで「うお〜....もっと観ていたいな......」という気持ちにさせてくれましたし、村上さんの「あ、あのなぁ......」と言いたくなるが憎み切れない雰囲気は確かに「愛されるクズ」だなぁとなりました。特に谷潤一さんの貫禄ある姿は初出演とは思えない程様になっていたのでビックリしましたね。

一軒家で上映会。という余りにも小さい舞台で繰り広げられる13年もの長い因縁(!?)とそれすらも包み込む「映画を観る」という体験の楽しさを感じれる本作、本当に面白かったです。

 

同時上映作品である「グランパ・エスケープ」も「老人ホームからおじいちゃんが逃げ出した」という小さい規模の話かつ短編でありながらも、その短編の中に収まり切らない俊樹の葛藤や感情、兄の考彦と家族の振り回されっぷり、免許返納せずに格好良く車運転し始める祖母のよし恵、祖父である一徹の大胆な行動とは裏腹にめっちゃ慎重に逃走する姿はめちゃくちゃ笑ってしまうし、それ故に奥行きがあって「もっと観た過ぎるな......」という気持ちにさせてくれる一作でした。

 

仲はちょっと険悪でも考彦と俊樹のやりとりが好きでした(「嫁さんと子供置いてくのはヤバいやろ」で吹き出しかけた。それはそう過ぎるので。)し、一徹役の堀田さんは終始格好良い。めっちゃ威厳がある感じで、だからこそギャップがあってとても良かったなぁと。

他にも舞台挨拶でよし恵役の天野さんは運転出来ないとの事をおっしゃられてたのが記憶に残っています。確かに編集の力って凄いな..........。

 

舞台挨拶中にあった撮影タイムでの一枚

 

 

波のように形なき人間模様を抱いて─「上伊那ぼたん、酔へる姿は百合の花」読み返し感想

 

前説

「自分はこの先、お酒とは一生無縁なんだろうな。」

学生の頃は勿論、成人してからもなんだかんだこの意識が離れた事は無いし、正直いまだに思ってる部分はある。

それでも今は─下戸寄りな自覚はあるが─お酒をちょびちょびと嗜む事が増えてきた。

自分でも驚いているが、そういった意識が変わるきっかけにはやはり「上伊那ぼたん」の存在があったし、作中でいぶきの飲んでる姿に惹かれたように、自分が上伊那ぼたん、ひいては、話に出てくる様々な人たちの姿に惹かれてしまったからに他ならないだろう。

 

4月10日。この日は「上伊那牡丹、酔へる姿は百合の花」の記念すべきアニメ1話放映日。

この日に向けて改めて読み返した本作の感想をつらつらと書いていこうと思う。

初読はもう3年近く前にもなるので、正直ぼんやりとした記憶になっているけど、きっと、あの頃よりは様々な作中の心情を読み取れているだろうと、そう思う。

 

感想

個人的に読み返して思ったのは、1〜2巻の辺りって結構キャラの表情やコマ内が賑やかだな....!?という事。

3巻以降の余白を使った落ち着いた空気感、詰め込みすぎないからこそどっしりと胸にくるセリフたちの印象が今だと強かった事もあり、1〜2巻の目まぐるしく変わるキャラの表情や小悪魔的なぼたんは中々新鮮な気持ちになる。

特に「私、寮長の舌が欲しいな」の表情とか、今じゃ中々お目に掛かれなくないか....!?

クールな印象が今は強いぼたんだけど、始まりの頃は新入生という肩書き通り、様々なことに目を光らせ、その時々にドキッとさせてくる姿はやはり可愛く、いぶきの心を溶かしていくのも納得してしまう。

表情はもちろん、各キャラの身振り手振りも素直に可愛いって気持ちになる動作が多い。

そんな全体的にコミカルで、だからこそとっつきやすい。そんな印象を覚える1〜2巻を越えれば、今じゃすっかり馴染んだ落ち着いたあの雰囲気に。

背景が必要最低限に留まったキャラ主体のコマ構成だからこそ、よりキャラの心情に意識が傾くし、どのコマにもアニメ的な空気感を感じながら読み進めていた。

こうして改めて読み返したからこそ「こんなに印象が変わってたのか」という気持。

 

そして何より、通巻してお酒やお酒を飲む姿を魅せるのが上手い.....!!

お酒が弱い人種で、だからこそほぼほぼ詳しく無い自分だけど、上伊那ぼたんを読んでるとめっちゃ飲みたくなる。

もっと色々なお酒が飲めたらいいな。という気持ちになる。

お酒の説明や雑学は興味を引いてくるし、そのお酒を飲むキャラやシチュエーションはもっと意欲を唆る。「自分もここまで美味しく飲めたらな」と、惹かれてしまう。

そう思わせる魔力に満ち溢れていて、まんまと乗せられてしまうのは若干悔しいかもしれない....(?)

同時に、展開が結構早いな....と思った。

初読の頃はあまり感じなかったし、5巻まで年1巻というペースを考えればゆっくりではあるけど、今や7巻にまで増え、じっくりとキャラを描く事が増えた印象があるからこそまとめて読み返すとかなり早い。

いぶきとぼたんの物語をしっかりと主軸として描きつつ、それでいてちゃんと各人の人物模様や「なぜこの人に惹かれる/れたのか」を損なわない描写は丁寧に詰め込まれている。多くの感情が交錯しながらも腑に落ちる展開は人並みながらめっちゃ構成が巧いな....という思いを抱く。

上記でも書いたようにこの作品はキャラの持つ感情の移ろいが丁寧で、少し目を離したら取りこぼしてしまいそうなほど繊細に、自然に描いてるという印象を持つ。

パッと思い浮かぶので#37で互いにピアスを空ける事を選んだぼたんといぶきが、直後の#38話でピアスをしている事をキャラの顔のアップだけで伝える部分。直接的な描写をしなくても、お互いが一線を越えた事をこうハッキリも伝えられるのか...!と舌を巻いた記憶がある。

そういった大きな出来事が何気なく描かれる部分にこそ、キャラが生きて、日常や日々が過ぎている事を感じさせるのかもしれない。

 

ここからは各キャラへの所感...の様なものを書いていく。解釈違いなどがあったら申し訳ないです。

 

ぼたんといぶき、作中で一番メインに、そして腰を据えて関係や心情の変遷を描いてるからこそ、過去のトラウマに起因した一人飲みを続けるいぶきに対し、あらゆる事が新鮮で、だからこそ屈託なく踏み込んで行くぼたんに惹かれていくのは得心するし、そんなぼたんが進む日々の中でいぶきや寮のメンバーたちと様々な経験/思い出を積んで行くことで精神的にも成長していく流れは移ろいを感じさせる。

1巻の頃からは考えられないくらい太く成長してると思うし、だからこそ不安や嫉妬、そういった感情を露わにする場面が増えたのも一種の成長だなと思う。

同時に、本当に自然と人を惹く言葉や仕草を見せるなこの人....と畏怖すら覚える。

いぶきも様々な人と関わり、世界が広がり、そしてぼたんという替えようのない大切な人が出来た事で新歓に出席するという大きな一歩を踏み出す自信を得たのも、ありきたりな言葉になってしまうが胸が熱くなった。

3巻#27も印象深いが、5巻#38の「面向未来」の受け答えもかなり印象深い。

直前の#37も踏まえて、不確かな未来や現状に不安を抱えていたぼたんにさらっと、しかしはっきりと「"それぞれ"じゃないでしょ」と返すのは、「そうなろうね」と繋ぐにしても頭を殴られた様な、それこそ言葉に出来ない衝撃があったなと回顧する。

あかねがやえかに気持ちをはっきりと言葉にする6巻は、今まである意味曖昧で宙ぶらりんだった関係性が描かれていたり、直前の数話でやえかが一歩引こうとしていたからこそ、どすんと大きく胸に来る話になっていたし、だからこそやえかがずっと側にいる事を伝える部分も込み上げるものがある。

個人的な話になるが、未だに夢...の様なモノを抱えてウジウジ腐ってる自分としては真摯に音楽に向き合い、やえかも手放さないことを決めたあかねに眩しさを覚える。

「遊佐あかねは一番感情移入して、自分が為せなかった反面を感じて、焦がれてしまうキャラだったな....」と7巻まで読み返して一番初めに感じた。

郡上先輩とジンランは最初の頃こそある種の負けヒロイン的な立ち位置だった...と個人的に感じてるけど、互いが惹かれ合い、大切な存在になっていくまでの流れはそれこそ「自然に、繊細に描く」関係性の極地だと思う。

3巻#21や4巻#29、#32...と好きかつ印象深い話数に事欠かない。作中の中で一番好きなカップリング(という言い方は適切では無いと思うが)なのかもしれない。

6巻で初登場したみくりとアンの二人も登場回数は少ないながらも寮の関係性に新しい風を吹き込み、言葉にならないながらも想う部分がある関係性は微笑ましい気持ちになる。

あらゆる感情が自然に描かれ、無意識/意識的に絡み合って、波のように寄せては返す。

そんな描写や話が多いところがこの作品の魅力であり、どこまでも惹かれてしまう根源的な要因だなと思う。

付け加えるなら、各キャラの私服もコンセプトがあって、それに沿って魅力的なデザインを描いてる事とか、「影響を受けた5枚」「大切な10冊」といったキャラクターそれぞれの人生や背景を感じさせる情報がある事も、より起因してる。

こういったものを見ると自分の知らなかった世界が見えてくるし、「もっとこういうのにも興味を示したかった...ぜ!」と項垂れたりする。

俺が選ぶとオタクなのしか載せられねぇ......それは恥ずべき事じゃ無いとしても........。

こうやって、自分が感じた「上伊那ぼたん」の印象を書いてみたが、書くたびに「自分が印象だけで定義して、書いてしまっても良いのだろうか」とかなり思った。

それ自体は色々な作品の感想を書くたびに感じるけど、「上伊那ぼたん」は特にそう思う。曖昧で、言葉にしない(形にしない)。だからこそあの空気感は素敵で、魅力的なんじゃ無いかと。

でもはっきりと言葉にして、伝える。だからこそ伝わる想いや気持ちがあるし、先に進める事もある。というのも「上伊那ぼたん」が通して描いていた事だと思うので、迷いながらもきっちりと書き記せた、そう勝手ながら思っています。

強いて後悔があるなら、お酒に関してあまり..というか全然言及出来なかった事ですかね.....ゆっくりとでも、ぼたん達みたいに味わえる様になっていきたい。

 

そして、本日は冒頭でも書いた通り今夜は記念すべき1話が放送開始される。

個人的に推してるアニメーション会社3社の内1社で、「mono」を担当したソワネが引っくり返る様な豪華なスタッフ陣やキャスト陣を引っ提げてお送りするアニメ。自分は諸事情が重なり参加する!という選択肢が取れなかったが、先行上映の感想は期待値を膨らませ、ワクワクを加速させる。

昨日の夜中に先行配信されたyonigeの「芽吹くとき」もとても好きな曲調かつ作中の様々な事を思い出すような歌詞に涙を流してしまった。

原作愛に溢れるメンバー、そして曲に彩られた本作が結実する事に、関係各所はもちろん、原作者である塀先生にもお礼を申し上げたい。本当にありがとうございます。

アニメは勿論、原作含めて、ぼたんたちが歩む人生に様々な彩りがある事を願っています。

蛇足

順番がかなり前後するが、「上伊那ぼたん」と巡り会うきっかけはかなり漠然としていて、正直よく覚えてないが、恐らくは自分が追っているバーチャルYouTuber(バーチャル存在)である「名取さな」が帯を書いてた事に起因してる筈。

何より、3巻表紙のぼたんがかなり好き絵柄だった事が挙げられる。未だに好きです、このぼたん。

そして自身の「お酒には縁がないだろうな」という人生観を変えたのは、より具体的にいうならば「上伊那ぼたんコラボ日本酒」の方が直接的に影響があるんですよね。

買った当時の写真。こんな色だったのか..と感慨深くなる。

社会人なりたてで、「上伊那ぼたん」にハマりたて。そして飲酒経験もそんなに無いという時期に販売してたもので、「日本酒とか飲んだ事ないし飲みきれるか....?」と思いながら購入したのを覚えてる。

実際かなりの時間をかけてちょびちょびと飲んでたし、割らずに飲んだ時はかなり苦手かも?と思ったが、ラベル裏に記載があった様にカルピスで割って飲んだら美味いのなんの。乳酸菌のおかげかもしれないけど、後にも先にもあそこまでスルスル飲めたのはこのお酒しか今のところ無い。

正直、自分が飲んだお酒の中で一番記憶に残って、美味しいと感じてた。

人生を変える一杯とは正にこの事かもしれない。

そこから他の日本酒にもちょくちょく手を出してはみたけど、冷たい状態より熱燗の方が好きかもしれないな....という発見もあった。

 

そうやって色々なお酒を少しづつ渡り歩きながらも、もしもう一度、何か機会があるなら是非飲みたいと強く思っている。初めて味わったこの頃よりもっと正面から楽しめる気がするので。

 

.....しかしこの日本酒を購入したのが2023年で、そこから3年後はアニメも放送して、自分も新しい道の為に職を辞めたりと色々と転期が訪れてるのを踏まえると随分と遠くに来たなぁって、ちょっと感慨深く思ったりしています。人生何が起こるか分かりませんね、本当に。

社会人始めたての三年は「上伊那ぼたん」で始まって、「上伊那ぼたん」でまた始まってると言えるのかもしれない。

 

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50年の歩みを。─「 シャフト50周年展」感想─

シャフト50周年、本当におめでとうございます。

今回はこの50周年を迎え、かつ1月18日を以て閉館するMixalive TOKYOで開催されたイベント「シャフト50周年展」に行ってきました。

今回行けたのは2025年12月18日と2026年1月17日の2日間だけですが、とても楽しかったと共に、やはりもっと見たいな......と思わされる部分も多かった印象です。

そういった部分も交えて感想を書けたら良いなと。

 

道中の思い出

この展示会場所であるMixalive TOKYOの場所を池袋に着くまでに調べず「なんとなくここだったよな」の印象で目的地を目指してたのですが、Mixalive TOKYOの近くになると街灯にシャフト展用の旗が下げられていて、それを見て「やっぱシャフトが導いてくれてるんだよな」と呟いた事。なんか感慨深くなってしまった。

 

展示全般の感想

入った辺りのエリアは本当に密度が凄い。

天井にもコラージュ画があるし(壁紙とかで欲しい!)、360度見渡す限りの原画の海は寧ろ圧巻と言わざるを得なかったなと。追っている作品や、名前だけは知ってる作品入り乱れての展示でしたがそれでも目を奪われるには十分。書き込まれたコンテや原画には携わった方々の情熱と追求を深く感じれました。

中村隆太郎氏の絵コンテが見れたのは本当に貴重ですし、荒川アンダーザブリッジのマジックペンで描かれたOP、【獄・】さよなら絶望先生のイヌカレー担当OPの原画(しっかりと絵の具で描いてるのすげぇ)は印象深いです。

幕を潜った先のまどマギエリアには「まどマギ」の企画発足時の初期資料が展示されており、元々は現代ではなく魔法学園が舞台、かつキャラにも魔女の血筋(だっけな?)の人物や魔法オタク的な魔法少女、「全てを救うために魔女になる」...みたいな事を書かれたりしていて今とは全然違った設定なのが伺えました。

とはいえ、理想主義の少女と現実主義の少女、ほんわかかと思いきや毎回キャラが死んでいく。みたいな部分は全然変わってないんだなとも。

前期の展示は覚えてる限りだとアルティメットまどかをメインにした円環組、後期は悪魔ほむらを中心に偽街の子供達やイヌカレーさんが実際にスケッチした三叉路やその詳細、人魚の魔女のスケッチやデフォルメさやかと杏子のイラストがあったりと「俺、イヌカレーに憧れてたんだよな.....」という気持ちを思い出させてくれる展示でかなり良かった。

壁面展示、ありがとう

次の物語のエリアも壁一面のキービジュアルやパッケージイラストの展示で圧巻。

""""""量""""""

そしてここを越えた直後には化物語1話冒頭...つまり、傷物語-縮小版-の絵コンテ全部と一部原画が置かれているのは流石に感動した(あの冒頭本当に好きなんです)し、忍エリアにあった新房監督の絵コンテにもまた驚かされた。まさか無言で置かれてるとは思わず.......

後、記憶違いじゃなければ後期展示で掲示されてたキスショットの腕がもがれるシーンは胸が高まりましたね。あの肉の断面や骨までちゃんと描かれているのを凝視出来たし、墨の様な血飛沫も圧巻でした。

他には羽川の泣き出すシーン....確か今村亮さんが担当してた場面?のも見れたのは良かったですね。最終回が好きなので。本当に好きなんです。

その奥にある傷物語のコーナーでは尾石監督厳選の初期資料...覚えてる限りでは

・予告篇(2012年版)の絵コンテ案

傷物語企画発足時の草案

・ついぞ正式な形で表に出る事のなかった「こよみヴァンプ」のキスショットをメインにしたキービジュアルのラフ

・エピソードとドラマツルギーの全身ラフ

傷物語絵コンテ集の装丁とBOX案

・その他細かい指示的な内容のメモ

直江津周辺の路線図の案

辺りがあってより興奮したのを覚えてます。中でも2012年版の予告絵コンテとキスショットのラフは本当に「あ、ちゃんとアレらはファンメイドとかじゃなくて公式のなんだな......」という感動がありました。

その上に顔をむしり取られた羽川の等身大人形(上半身まるまる作ってあって凄い迫力)と、拘った直江津周辺の路線図(終点が網走で吹いた)が置かれていて気分はまたまた高まるも、正直この狭いスペースじゃなくてもっと広いスペースで見たかったな....という気分にもなってしまったなと。ここら辺は後々にもう少し広げたいと思う。

その先にあるクビキリサイクル鴉の濡れ羽島の屋敷内のラフや場面カットのイメージボード。そして美少年探偵団のコーナーはOPの原画とパラパラ原画コーナーがあるという太っ腹っぷり。このコンテが本編を見るきっかけになったのでかなり感謝の気持ちです。

最後の展示コーナーに向かうまでの階段には歴代シャフト作品のポスターが展示されていて、長い階段と共に長い歴史を味わえる唯一無二の空間だったなと。

ポスターの中じゃ一番凄いと思う

俺の青春

この階段を越えた先に最後のフロアがあるのですが、個人的にここまで感じていた不満の一つとして、やはり「Mixalive TOKYOの環境が展示に向いてない」。要は1スペースが狭いので広く展示したりメインにしたい展示以外に大きくスペースが使えていないというのがありました(こうして展示会を開催していただいた恩はあれども)。

特に10年代後半の作画はその弊害かニセコイ3月のライオン、マギレコ(ここにもイヌカレーさんのデカい魔女の切り絵的なモノが展示されてて凄い)、打ち上げ花火、ラスアン、ルミナスウィッチーズくらいしか展示出来ておらず、あぶれた作品─幸福グラフィティとか絶対必要だったでしょ─が数多くあったのが残念だったなと。

展示されてる作品もコーナーがより狭くなっていて、最後にこれか.....という残念感はありました。60周年展もあるなら、今度こそ大きな会場でやって欲しいと、その部分に関しては切実に思います。

 

とは言え、完成品と原画の比較映像と共ににんころの原画や1話冒頭の意図の解説に電柱の貼り紙の拡大版、ヴァージンパンクのキービジュアル案や尋常じゃない書き込みがされたアナログ原画は流石に注視してしまいましたね。

まどマギ廻天のキービジュアル展示も、デジタルじゃないアナログだからこその見応えや色映えがあって、改めて廻天の線と色使い好きだなと。

最後に待ち受けるは歴代シャフト作品の走る場面をコラージュした「The RUN.」の視聴コーナー。

この映像の最後に登場するガハラさんとまどかの絵柄、めっちゃ大好き。

長田寛人さん、本当にありがとうございます。

「まじかるすいーと プリズム・ナナ」DAY

今まで気になっていたとは言え、[星空編]以外が事実上の未公開だった事もあり、この上映会で本当に未公開だった「ハロウィン編」含めて全話見れたのはありがたい限りでしたし、この機会を逃さずに....良かった...!!という興奮がありました。

連絡をくれたフォロワーの方には本当に感謝しています。絶対見逃してたので.......。

しかし全話が「スターシステム」を採用してるので、登場人物の名前以外性格とか全然違うし、各話様々な形で「いやこの設定もっと広げたの見たいんですけど!?」「この話もっと見たいが!?」が発生していたなと。

アドバンスで言えば「因果宇宙」にまつわる話とか、「星空編」なら「りいのが抱える過去」、ハロウィン編なら「主役3人の過去編」....と、OVAという短い形だからこそ色々と欲深い気持ちが沢山出てくる本作はどれも熱く、切なく、そしてエネルギーを貰える最高の作品達ばかりでした。

マジでこれ全部公開して欲しいし、埋めてくれませんかね!?

以下は3作品の個別感想と覚えてる限りの内容を書いています。

 

・まじかるすいーと プリズム・ナナ [夢叶えたい・・・!?希望のアドバンス(前後編)]

地球から資源が無くなり、宇宙移住計画が進行する近未来。
幼いころに祖父に連れられてスペースシャトルを見て以来、宇宙に憧れを抱くようになった至は、
中学生になった今では友達の飛鳥と琴音といっしょに、自作のロケットを造るまでになっていた。
そんな至の最近の関心事は、地球に似た星をテラフォーミングする計画を担ったスペースシャトル[ADVANCE]の打ち上げ。
この計画が成功すれば、地球で起きている諸問題が解決できるとされているが……。

OVA第一弾として発表されたこのアドバンス編。

前編が2015年、後編は2025年10月公開という本当に長い時間をかけて作られたこの一作は、あらすじにもある様に「環境問題」「他惑星の資源を自分(人類)のモノに変えようとするのはエゴでは無いか」「いつまでも争いを止めない人間は、滅ぶべくして滅ぶのか....」と痛烈かつ実直に問いてくる。

今の時代でも通用する様な作品が全然表に出て来ないのヤバすぎるだろ

実際、前編の終わり際に現れる「アルタイル星」からやってきた「ライトニングナナ(柊マコ)」は言動こそ嘲りが滲み出過ぎてるが「せやな......」となる事ばかり言っていた様にも感じた。加えて、この「アルタイル星」が地球に攻撃を仕掛けた事で、人はより争いを繰り広げ、資源を奪い合い「アルタイル星」の攻撃に備える準備を始めている状況になったラストは皮肉と言えるだろう。

だからこそ「それでも人はきっとこの問題を解決出来る」と純粋に、そして実直に思い、考え、進み続ける鷲岡至の姿は、確かに「夢見がちだ」「楽観的だ」と感じはするが、後編まで見終わるとその在り方に眩しさを感じる。確かに、「主人公で地球代表」だと。

そして面白い事に、本作はこの後放映される「星空編」と同じく「七夕」が鍵の要素─アドバンス号発射の日が「7月7日」─として登場する。

前編では「アルタイル星人」によるアドバンス号撃墜と統治という名の侵略が始まった日....つまりは「悲劇」として描き、後編では至の姿勢や考えに影響を受けた浅木飛鳥、織部琴音、柊マコの宇宙人3人が「宇宙評議会」を説得しに再び宇宙に戻る日。と真逆に描く。

撃墜という悲劇から1年後の七夕の夜、短冊に再会の願いを記しながら旅立ち、16年後に宇宙飛行士としてロケットで宇宙へ飛び立った至と再会する。という流れを「織姫と彦星」に見立てるのはあまりにも綺麗なまとまり方で、見ていてかなり泣きそうで、同時に胸が熱くなる終わり方でとても良かった。これだけでも本作を見れて良かったと充分になる。

前編主題歌でもある流星ドリーマーは鮮やかかつ心地の良い熱い曲でとても良かった。それこそ愛の[i]nfectionと同じくフルで聴きたかった楽曲なので、こんな貴重な場で初めて聴けたのは僥倖だったなと。

しかしラストで愛の[i]nfectionを流すのは本当に反則だと思うし、フルで聴いたからこそ、より名曲過ぎるな.....という気持ちになる。もっと知られて良いだろこれ。

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個人的に、このアドバンス編のシャイニングナナってかなり羊っぽくない?

 

・まじかるすいーと プリズム・ナナ [星空編]

自分を「ドジでノロマなカメ」だと思っている引きこもりのマコは、
学校に登校してもクラスメイトといっしょに授業が受けられず、いつも一人保健室で学園生活を送っていた。
そんなマコの楽しみは、放課後に屋上から聞こえてくる誰かの歌声。
ある日、マコはいつものように歌声に耳をかたむけながら同じ歌を口ずさんでいると、歌声の主である合唱部の部長や
部員の至、飛鳥、琴音から部に入らないかと誘われる。
マコは合唱部に入るかどうか悩むのだが……。

毎年7月7日に公開されてる本作は、全力で前を向いていく!という気持ちが前面に出てるアドバンスとは反対に、切なく、しかしそれでも夢のために一歩を踏み出したい。という気持ちにさせてくれる。

内容自体に細かく言及こそはしない(七夕に毎年公開されてるからね!)けど、「全部が透明に見える」、色づいてない事に苦悩する柊マコを「だからこそ何にでもなれる可能性がある」と吠埜りいのが肯定し、背中を押すのは見てて熱くなるし、こっちも肯定された気持ちになる。しかし同時に、マコは前に進んだのだから、感銘を受けた自分も変わっていかなきゃいけないなとも。

この[星空編]に出てくる登場人物は誰も彼も問題と痛みを抱えている。だからこそ抱えきれない気持ちを分け合って繋がっていける。

Girl meets Girl & Meets the Magic!

冒頭に出てくるこの単語。終わってみれば「確かに」と納得する事になるだろう。

すっとんきょうながらかつ軽やかながらもテンポがあり、話が進むごとに気持ちよく、そしてそこに込められた「思い」をまざまざと感じれる様になる会話劇も本作の見どころだなと改めて感じた。

OPの「星空コネクション」とEDの「星空メモリアル」は両曲とも切なさと明るさに満ち溢れた歌詞、曲調で大変な名曲だと改めて実感する。

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・まじかるすいーと プリズム・ナナ[メダルの国のハロウィン〜ノリコと妖精〜]

魔法や変わった生き物が存在する不思議な世界のメダルの国では、
プリズム児園に通う子どもたちがハロウィンパーティに向けて準備に勤しんでいた。
だが保育士のエリー先生がちょっと目を離した隙に、子どもたちはどこかに消えてしまう。
現実世界で普通の学生として過ごしていたイタル、コトネ、アスカは、
エリー先生から連絡を受けてメダルの国に戻ると、恩師である黒猫紳士や、消えた子どもたちの一人・ノリコと仲よしの妖精とともに
メダルの国中を巡って、子どもたちを捜していく。

このプリズム・ナナDAYで初公開になった本作。

スポーツが得意なボクっ娘「鷲岡至」、そんな至の事が好きな「織部琴音」、そんな琴音と至の関係をニヤニヤしながら見ているゴシップ好きな「浅木飛鳥」の関係性で送られる本作は、まさかここに来て「至をボクっ娘として解釈するとは....!!」みたいな衝撃があった。いやまぁアドバンスも星空編もアツい雰囲気はあったけど、ここまでしっかりボクっ娘&プリンス的な雰囲気で描いてくるとは思わず.......黒猫紳士に「レディ」と言われて恥ずかしがるの可愛すぎた。

そして内容も魔法を「宇宙的な要素」と解釈したアドバンスや「織姫の後継者」と言った星空編の様な捻りの効かせない、まっすぐな魔法少女モノとして描いてきたのも(キービジュアルから伝わりはするけど)新鮮な驚きがあった。

しかもナナ達はあくまでも仲立ちの様な役回りで、主役はノリコと妖精が紡ぐ、"ひとりぼっち"どうしの絆。というのは中々トリッキーな描き方だと思う。

しかし同時に、道中で「T・H・N・P!(とってもハロウィンナナパーティ!)」が流れる部分の演出が懐かしいピクセルを駆使した往年のRPGの画面を想起させる様なとても凝った演出をしており、これが今日に至るまで公開されなかったのは本当に損失だろ......という気持ちを抱かせる。他にも、冒頭と最後にあるライブシーンが─アドバンス後編でも感じたが─最近のシャフトっぽい雰囲気になっていて、新旧シャフトの線画と色合いが入り乱れるアニメーションになっていたなと。

ユリ熊嵐」のキャラデザも担当していた住本悦子氏によるキャラデザは前2作品とは違った丸っこい可愛さとより親しみやいデザインになっていて、この絵柄がハロウィン編をより印象付ける作品になっていたなと感じました。

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この他にもアニメーションプロデューサーである岡田康弘さんとプロデューサーである佐藤圭一によるトークショーもありましたが、ここでしか聞けないような話満載だったので、多くは胸の内に留めつつ、「今後プリズムナナはどうなるのでしょうか」という質問に対して佐藤プロデューサーが「埋めていきたい」と前向きに仰ってくれたのは嬉しいし、微々たる速度でも絶対裏で何かしら進めてるのは分かってるんですよ!!(10周年記念PVとか見たこと無いカット幾つかあったし!)という思いになってました。

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何はともあれ、こうして長い月日を経て未公開状態に等しかった作品達をお目に出来他のは改めて─何度も感じますが─貴重かつ有難いと反芻する出来事で、しかもプロデューサー達の口から制作経緯や起用の理由などを聞けたのはより得難い機会だったなと思います。この場を設けてくれた運営の方々には頭が上がらないです。重ねて、本当にありがとうございました。

終わりに

途中で書いた通り、このシャフト展はまだ数多くのポテンシャルがあるにも関わらず不完全燃焼で終わってしまった....みたいな印象がどうしても拭えないネガティブな気持ちもありますが、しかし10年前に参加したMADGATARI展の時以上に展示されてるコンテに意識を集中させて、注力して、「そういう意図を持たせてるのね」と汲み取ることが出来たと思います。

10年。

それは中学生が社会人になるくらいには長く、それでも短い時間。

しかしこの中でもシャフトは様々な変遷と技術の研鑽を怠らず、進化し続けている。

それをまざまざと魅せつけ、「走ってみよう」という活力を沢山与えてくれる良い展示会でした。開催してくれたMixalive TOKYOさん、本当にありがとうございました。

 

改めて、シャフト50周年おめでとうございます。

廻天」から始まるであろうこれから10年間、どのように走っていくのか。いちファンとして本当に楽しみにしています。

www.shaft-web.co.jp

shaft-50th.jp

 

Zepp Hanedaの箱の中で愛を絶叫"さけ"んだオタク─名取さな2ndライブ「独ゼン者」感想

 

前節と言う名のオタクの独白

Q.自分にとって、「名取さな」とはどんな存在か。

A.しょ〜〜〜じき、自分でもあんまり良く分かってない。

出会ってからもう7年。2018年の記憶が薄れた某月某日(多分4月辺り)に出会って、そこから7年。

それだけの時間を以てしても、それだけの時間が過ぎていったからこそ、自分にとって「名取さな」と言う存在に対して「これだ!」と思う言葉を持ち合わせれなかった。

「好きなバーチャル存在」だと言うのは簡単かもしれない。

「まるで星の様な存在」だと言うのも簡単かもしれない。

「まるで光の様な存在」だと言うのは簡単かもしれない。

「代弁者の様な存在だ」と言うのは簡単かもしれない。

「初めて一人でバスツアー参加したり、コラボグルメ巡りとかしようと思える気力をくれた存在」と言うのは簡単.....いや、はい、その節は本当にありがとうございました。チネチッタさんも那須どうぶつ王国さんも最高です。また行きます。

全部簡単に、形容出来る言葉なら幾らでもあるし言える。でも"魂"が言えなかった。

周りもそう形容してたから?そうかもしれない。

時代は順張りだ。逆張りは損ばかりしてダサいッスよ?...........確かにそうかもしれない。身に沁みます。

しかしそれでも、そういう言葉で形容したくないと"自分"が選んだ。

実際問題、「名取さな」という存在が好きになって行くにつれて、自分がどれだけ自堕落な人間か。割と何にも出来ない無力さを散々直視して、結構真剣に落ち込んだりする瞬間なんてかなりある。

「名取さな」を好きにならなければそういう気持ちにならなかったかもしれない。

そもそもの話、オタクなんぞにならなければ、真人間として生きれたかもしれない。

夢とかそういうモンを抱かずに済んでたのかもしれない。

「普通」に生きれたのかもしれない。

それが「正解」だったのかもしれない。

2025年11月13日。成人してから数年経って、色々押し殺して働く傍ら、名取に限らずあらゆる著名人や身近にいる人の人生に触れて作品に触れて「自分こんなんで良くないよな〜やっぱそうだと分かっててもさぁ〜........」なんて勇気出せずに燻ってる気持ちを延々と抱えて真正面から吐き出せない腰も重いダメダメなオタクの端くれはZepp Hanedaに居た。

何の為に?名取さな2ndライブ「独ゼン者」を観る為に決まってるでしょうよ。

そんなこんなで「独ゼン者」感想記事ですが、同時にこれは一人のオタクが描くぐちゃぐちゃの叫びであり、酔いに酔いまくった自語りであり、厄介かもしれない慟哭でもあるので、まともな内容はあまり期待出来ないです。しないでください......。

それでも最後まで付き合ってくれる方には最大限の感謝を。

色々と重ね合わせてしまい、最後付近は涙で前と名取が見えなくなったオタク(これガチ)の叫び、ご笑覧あれ。

 

 

因みに言いたい事が昼公演に集約してるので夜公演からの感想になります。

夜公演

前提として昼公演で感傷的になってしまったのなら夜公演はその逆、最初から最後まで盛り上がりに盛り上がる内容になっていて、提示されたメッセージ以上に-勿論そこも蔑ろになってないけど-「惜しみなく盛り上がって...いくぞ!!!!!」というエンタメ精神を感じたなと。

なので本当に爽やかで純な気持ちのままに曲と演出を見れて叫んで最高に楽しかった。

序盤は「昼公演のセトリから考えるに、オヒトリサマは終盤辺りかな....♠️」みたいな気持ちで構えてたら初手にお出しされて否応なくギアを引き上げられ、そこからのヒトリガタリと言うヒトリコンボでいきなり最高潮。やっぱロック系の楽曲はめちゃくちゃテンションが上がってしまうな......

同時に、この二曲は「お前はお前。それでいいんだよ!」と言うメッセージも含んでる楽曲(少なくとも自分はそう感じてる)。昼公演からの参加者は、名取から語られたテーマを受け取った上で挑んでるのを踏まえると、エンタメに徹しながらも強い「想い」も感じれるという非常にニクイ構成になっていたなと思います。思い込みだったらごめん。

夜公演でも挟まれるcover楽曲は花譜さんの「代替嬉々」や星野源さんの「アイデア」、ヨルシカの「藍二乗」と言うメロディを聞けば「あ....この人か?」と想起できる曲が多くてMCパートがかなり楽しかった。

特に身体の疲労が限界に達して意識が朦朧としてた時に「光景」をさ、やられて流石に目が一気に""""醒めた"""""よね。

あの独特な入りの音が聞こえて瞬間、思わず「マジか?」って呟いちゃったんですよ。そこでその選曲をしてくるとは思わなかったから...........

昼公演のcoverは盛り上がる!ブチ上げてく!って雰囲気だったのに対して、夜公演は全体的に盛り上がる自曲を選出してる分、落ち着きながらも名取の「想い」─黒い気持ちに抗って、好き掴み取って欲しいという願い─と重なる部分のあるcover楽曲で構成されてる印象を受け、ここでも2公演のバランスをちゃんと考えて構成してるんだなぁとか振り返りながら思う。

アンコールパートで披露された「アニマルま〜る」はやっぱ....可愛いっすね!

特にサビにあるダンスシーンと舞台で歌う名取の踊りがシンクロした時とか「まさか...このシーンと合うように計算してたのか....!?」みたいな事を思った(多分偶然の産物.....そうかな.....そうか....?)

クラップもめっちゃ楽しかった!あの大勢とクラップがシンクロしたのを思い出すだけでちょっと泣きそう。

大自然やそこに生きる動物達に対しての感謝や親しさを歌うこの曲は、不思議とテーマ性にも合致して、なんなら包括すらしてるんじゃないか?と感じつつ、そんな冒頭1曲目かと見紛うほど元気なこの曲から始まる「ファンタスティックエボリューション」「足跡」の流れはやっぱ否応無く「あ、終わっちゃうんだな」って気持ちに自然とさせられて、それもなんか泣きそうだったな。

舞台上で名取が「全部出し切ろうって言ったけど、やっぱ終わりたくない!」って言ってた時や多くの「せんせえ」に対して恥ずかしがりながら感謝をしてたあの瞬間も、思い出すだけで胸も目も熱くなる。

PINK,ALL,PINK!でいつも以上に喉が開いて、より大きなコールが出来たあの感覚も忘れられない。

「サナトリック・ウェーブ」から一年。

名取もあの時以上に歌い方やそこに現れる表現に磨きが掛かってると思うくらい上手くなってるし、バンドメンバーの皆様の演奏もより色々な磨きや変化が見えるし、何より歌い始めた頃には想像も出来ないくらい色々なタイプの曲を名取は持つ様になっていて、そういう何気なく「お〜新曲か」と思い聞いてた時にこそ、名取が絶えず刻み続けてた「足跡」が現れているんだなと、こうして書き出してみると改めて実感する。

そういった「足跡」を感じさせながらも終始爽やかに、鮮やかに、元気に楽しく駆け抜けた夜公演は本当に後悔なく...嘘、もっと聴きたいしやって欲しいと思うけど、終わりがあるからこそあの最高の瞬間が胸に残り続けるんだろうなと、そう感じました。

とは言え、ライブが終わっても名取の足跡は終わらないし、自分達が歩む人生もまた終わらない

変わらなくても変化する日常を、この場で貰った「熱」と「言葉」を糧に生きていく。

夜公演の限界を超えた楽しさを忘れない様に、大き過ぎて目を逸らせない光を受け取ったあの昼公演も忘れられないと、そう思う。

昼公演

いよいよ本題である昼公演。まずは先に曲だけの感想を述べていきたい。

正直ここに来た時は前回の「サナトリック・ウェ〜ブ」と同じ様な気分、心持ちでやって来てたし、「曲を楽しむ」と言う面では最後までその気持ちは一貫してたと思う。

てか初手に「足跡」をかまして来るなんて流石に盛り上がらん訳ないでしょうよ。送り出す曲であるこの一曲目に持って来ることで否応なく期待感を高めてくるし、そこからの「ファンタスティック・エボリューション」は「2ndライブ」だからこそより意味を持つ曲になっていてここで涙腺は既に崩壊気味。

「だじゃれくりえぃしょん」で緩急を挟みつつ「だじゃれーぞんでぇとる」の若干くだらなくも、エモい気持ちに襲われてしまう歌詞と曲調はライブそして生バンド演奏だからこそより映える。ホンマに最高でしたね。

「アイデン貞貞メルトダウン」は完全に意識の外だったのでこの選曲には声出た。てかやしきんさんこの曲にも関わってるのか........

同時に、偶に名取のファンアートを描いてるおにまいのキャラデザを担当してる某アニメタの方を思い出し「これが伏線ってやつか!?」と勝手に伏線回収を行なってた。

このライブで明確に「あ、死んだな」と思った瞬間である「きらめく絆創膏」

あのノイズ音が流れた瞬間、目を見開いてた。そうか、この曲をこの場で聞けるのかと。

歌詞も映像も、生だからこそ感じる名取の歌声の機微の一つ一つが心を震わせる。

故に「触りたい 機械仕掛けの手」以降で投稿されたバージョンとは違い高音と低音のハモリが明確に聞き取れ、かつ「僕らは裏と表じゃない」の部分でそのハモリがより強調される形になっていた(と俺は感じた)部分で「..........そこに、居るのか..............」と感極まると共に、2018年を生きる亡霊が3度目の成仏を果たした瞬間でもあったなって。

しかも夜公演は「例の動画」をイントロに丸々突っ込んできて本当にお前.......ズルいんだよ..........

そこからの「ノーゲスト、イン、ザ、テアトロ」のコンボは流石に卑怯だし、本当にズルい(2度目)セトリ構成だと思う。

アンコールの「ソラの果てまで」「モンダイナイトリッパー」「自分らしさに会いに行こう」と言う「どこまでも進み続けるし、自分を描いていくよ」ってメッセージ性を持っている曲をこの終わり際に連続して出して来るのも本当に卑怯だよ。

テーマ性の話と合わせて目頭が熱くなっちゃうやんか。

大天才だと思うし、最高だと思うけど、でもこんなの卑怯だしズルい(3度目)と思いますよ俺は!!

新曲である「アングルナージュ」「誰かのための言葉」、今までの名取から考えられないタイプの曲調でビックリしたし、両方の歌詞自体もかなり直接的かつ魂で「あ、こう言うことか」って理解させられるので、自分が言える事はあまり無いなと思う。

「アングルナージュ」は恐らく今の「繋がること」に躍起になってるインターネットを連想させる。ナンバーワンじゃなくてオンリーワン、なんですよね。

「誰かのための言葉」はそれこそ直接的な言葉で言ってるし、歌ってる。

淡白かもしれないが、それほどにこの歌詞と言葉で"物語っている"と体感できる曲だったのです。

夜公演の方はより冷静に聞けた事で「アングルナージュ」の曲調含めて「あ〜確かにcadodeさんぽい曲だな」と感じれたし、「誰か」のレーザーを使って文字を表示する、名取のライブじゃ今までに見た事ない雰囲気の演出をしていたのもより印象に残して来るなと。

ここの心電図を感じさせる演出、情緒あって好き

ここら辺の演出マジで格好良いのと「これ.....am◯zar◯shi!?!?」みたいな事思ったのは内緒です.......何でも結びつけオタク、よくない。

オタクが感じた見るに堪えない話

「本質的に、名取も、漫画も、小説も、曲も、人も、あらゆる事象は自分を救ってくれないんだよな。」

そう、名取がステージ上で言ったテーマと思いを聞いて、どうしても思わざるを得なかった。

拡大解釈しすぎ?そうかもしれない。

でも、「名取の人生の主人公は名取で、みんなの人生の主人公はみんな」と言う突き放しですらあり、エールでもある言葉はあらゆる側面において「コンテンツ」や「他人」と形容されるモノは自身の人生に彩りを与えてくれるけど、でもそれ以上にはなってくれないし、なれない。

最終的には自分一人で世界を歩んでいかないといけないし、そうする事でしか人生を振り返って「ああ、良かったな」「碌でもねぇな」って思える事はないんだろうなって

 

どこまでも孤独で、僕らは一人なんだよなと。

 

そんなこと.........名取に言われなくても分かってるんじゃい!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

最初に書いた通り、自分は名取を見て、好きになった作品や物語を通して散々もう...いかに自分がダメ人間だったか直視してる!

目標は先延ばしにするし、努力しようにも腰は重いし、その癖抜け出さなきゃいけないぬるま湯にず〜〜っと浸かっちゃってる、主役になりたいのに中々できない大馬鹿野郎。

そんなの自分がずっと分かって、ずっと頭を抱えていた事で自分を許せない自家中毒に陥ってる原因なんだっつーの!!!!

後、名取が手を変え品を変えこっちにメッセージ投げてるのもうっすら気付いてたよ!!!!

でも、泣いてしまったんだよ。

あのMCと、「誰かのための言葉」を聴いて。

「独ゼン者」と言うライブで。

どうしようも泣いてしまったんですよ。

「本質的にあらゆるコンテンツは自分を救ってくれない」

どんな形であれ、この渇いてるかもしれない意見は変わらない。でも、じゃあ何で俺は創作やコンテンツを通して心動かされ、楽しかったと思ったり、泣いたりしてたのか。

 

それは、そこに込められた「メッセージ」と言う願いと「言葉」は本物だったから。

あの場で名取が込めてた「想い」と「言葉」は間違いなく本物だったから。

どんだけ世界や自分が裏切ったって「言葉」は残るし、少なくともその場で吐いたその「言葉」は嘘偽りない「本物」の気持ちがある筈だから。

 

だから、性懲りもなく心を動かされてしまったんですよ。

俺は今も走り出せない自分が許せないし、誇れる自分になってるとも思えない。

「正解」の人生はすぐ側にあって、それに焦がれないなんて事も無い。

「何者か」になりたいともまだ思ってる。

「オタク」になった事を、後悔したりする事もある。

しかしそれ以上に、どうしようもないくらい「俺は、俺だが?」と言える軌跡を描きたいし足跡を刻み付けたい、この世界に。

どんだけ軸がブレて様が、見るに堪えない無様なモノであったとしても。

 

「誰かの筆で描かれるくらいなら死んでやるさ 今を生きるわたしで居たいだけだ」

「このギザギザの破片で  殴り書き意味を宿せ」

 

今回発表された楽曲で一番好きな「アウトサイダー」のこの歌詞みたく、自分を描き出せる人間に自分はなる。絶対に。

初心表面なんて大したモノでも無いただいちオタクの述懐だけど、それでも名取や自身や触れたあらゆる作品、世界の延長線上に「言葉」と「俺」が在るのなら、やっぱやるしかねぇっと思っちゃうよな。

この先も自分が抱いてる夢に近付ける様な自分に向かって歩いていくし走ってく。

そう、少なくとも今この瞬間の自分は思ってる。

だからこそ「星」に焦がれてやらねぇ。俺がそこに行くから。

だからこそ「光」に照らされてやらねぇ。俺が自力で光ってやるから。

だからこそ「代弁者」にマイクもオールも握らせてやらねぇ。俺は""俺""だから。

加えて言うなら、逆張りクソ野郎であっても最高の筆跡を描けるって証明したいよ、本当にね!(じゃなきゃこの感想だってnoteに書いてるわ!!)

結局、こんだけ色々(?)と思ってるのに「自分の「名取さな」とはどう言う存在なのか」を自分の中で測りきれなかった。

ここまで書くのに三日近くも掛けてるのにマジで分からない。

名取は自分を見る事は無いだろうし、自分も「名取さな」という存在に依存してはいないと思ってる。......娯楽というデカい概念に依存はしてるかもだけど.......

同時に、名取と名取を取り巻く環境に触発されて「おっし、やってやんよ」となる事も結構ある。

道は交わらなくても、名取が見た光景を、どんな形であれ見てみたいとも思った。

どうしようも無く心を動かされる存在なのは間違いない。

そうやって色々と整理していくとこう.....名取は自分にとって「ライバル(一方的)」の様な存在なのかもしれない........?

いやなんかこれも違うな。違うかもしれない。

なので、「名取さな」とは今も「よく分からない」。

だからこそ、これからも「名取さな」を追い続けようと思う。そうやって自分にとっての「名取さな」を見つけて行こうと思う。

勘違いしないで欲しいのは決して嫌いだとかは思ってないって事。寧ろ好きだよ。

じゃなきゃこんなごちゃごちゃ考えたり、参加できる限りのイベントに参加してないから!!好きな存在で在るのは確かだから!!!これもまた本心からの気持ちだから!!!

昼公演と両公演総括

色々な思いが錯綜した昼公演。それでも名取のイベント毎で2番目(1番目はハロー・マイ・バースデイ)に心を動かされた内容でした。

やっぱ「誰かのための言葉」「アウトサイダー」「オヒトリサマ」のコンボは心に甚大な衝撃と熱い気持ちを抱かせるし、このセトリを組んだのはマジでオタクを殺しに掛かってるとしか思えない。アンコールパートの選曲や、夜公演での「きらめく絆創膏」のアレンジもだけど、名取はオタクの心を乱すのが得意ですよね、本当に。

しかしこう......ライブに参加すると「曲の持つ力」をありありと感じる。

救ってくれる事は無いけど、それでもケツを蹴り上げてくれるし、「何かしたい」って気持ちを尋常じゃ無いほどに湧き立たせてくれる。

繰り返しの話になるけど、それくらい「言葉」には力があって、そこに「名取さな」が生きて刻み付ける足跡が加わってるならそりゃもう、高火力なんだよな。

実践してる人が言う言葉と歌は重みと説得力がある。

少なくとも7年間、なんだかんだで追い続けて、時には目を焼かれてしまってるからこそよりそう強く思う。思った。

というか、名取が言いたいことや思ってる事って去年の「サナトリック」楽曲、更に言えば「惑星ループ」をカバーした時からブレてないのかもしれないね。

「そこに大体、愛があるだけ」なんだろうな。

改めて、心に残って、自分を奮い立たせてくれるライブをありがとう。名取。

心に刻み付ける新曲に関わってくれた皆様、最高に格好良い演奏を見せてくれたバンドメンバーの皆様、そしてこのライブを開催まで導いてくれた各所スタッフさんやZ-aN様。あらゆる関係者の方々の尽力があってこのライブが成立してると自分も思っています。本当にありがとうございます。お疲れ様でした。

このライブは自分の人生で忘れ難い代物になったと思います。

....しかし人はそう簡単に変われない。こんだけ良いモノ観て熱くなってもすぐ怠けてしまう、自分はそんな人間だとどうしようも無く自覚してる。悲しい事に。

良い曲を聞いたから、良いモノを見たから、良い作品と出会ったからと言って状況がすぐに変わるわけじゃ無いけど、自意識は変えていく事が出来る。そうやって今まで以上に誇れる「自分の筆跡」で「自分の人生」を描き出していきたい。

だからまずは少しずつ、一歩であっても良く思える、自分を許せる人間になっていきます。

そうやって自分が目指してる道の先に辿り着けたら良いなと、そう鮮やかな気持ちになれる。そんなライブでした。楽しかったです!!!!

以上、どうしようも無いぐちゃぐちゃの叫びでした!

 

マジで繰り返し同じ事しか書いてないかもだなこの感想記事!?

最高セトリを本当にありがとう。

 

各種リンク

bakutan.natorisana.com

www.zan-live.com

これが「最強殺し屋伝説」って事なんですね......「国岡ナイト」感想

「最強殺し屋伝説国岡」....今やっと、そのタイトルの意味が分かりました!!

正にそう叫びたくなるくらいアツい一夜になった「国岡ナイト[シネマート新宿編]」。

先々週辺りにあった「フレイムユニオン」の舞台挨拶と「ベビわるナイト」に引き続きシネマート新宿に足を運ぶ事になりましたが、ミニシアターながら居心地めっちゃ良いしスクリーンも広いしで良い映画館だな....と言う気持ちになります。

前回買えなかった物販も購入(初ツアーズ買えて嬉しい)しつつ、いよいよ待ちに待ったオールナイトが幕を開けました。

上映前舞台挨拶

 

最強殺し屋伝説国岡[完全版]

国岡シリーズ1作目。話の筋としては山あり谷ありな殺し屋生活を送る国岡さんに密着する。というすごくシンプルな内容ですが、とにかく国岡さんが映える。

真面目に仕事をする格好良い部分も、食レポする姿も、私生活のせいで不憫な目に遭う瞬間もめちゃくちゃ面白いし見てて楽しくなる。国岡さん自身はそんな事絶対思ってないんだけど。

だからこそ一連の踏んだり蹴ったりさに心をやられて本心をぶちまける瞬間は「....すみませんでした」と「かなり共感出来るな.....」の二つの気持ちがない混ぜになる瞬間。どんなにちゃんとやろうとしても報われない時が続くとまぁめっちゃ腹立つし気がおかしくなりそうだよなと常々感じます。なので元旦を迎えた国岡さんが「切り替えていきましょ」と締める終わりは鮮やかで、こういう心持ちになりたいなと思わされるんですよね。

シリーズを通して良くも悪くもドライな部分はドライで、だからこそ割り切れない熱い気持ちを発露するのが国岡さんの良い部分だなと。グリーンバレットもフレイムユニオンも。

そんな国岡さんを取り巻く殺し屋の知り合いや敵も個性的なメンバーばかり。国岡さんのピンチに颯爽と駆けつけてきた牧田さんはカッケェし、変な風貌だし酒癖悪いけどシラフだとちゃんと強い殺丸、「タイマンじゃボケコラァ!!!!」で飛び出し一瞬で伸され、後輩2人に不様を晒してしまう真中、ベテランだけど変にいらん事言って火に油注ぐタイプの山崎さん....とどこか身近に感じたり「居るかもしれない」と説得力を持ったズレたダメ人間ばかりだからこそ強烈に印象に残るキャラばかりだったと思います。

話のテンポ感も「この時の坂本監督、学生だったんだよな....?」と思うくらい軽快かつキャッチーな内容で一瞬で90分弱なんて溶けちゃうくらいのめり込ませてくれるのが非常に好きでした。

 

グリーンバレット-最強殺し屋伝説国岡[合宿編]-

国岡シリーズ2作目。国岡さんは師匠ポジになってる今作は、殺し屋になりたい女子6人を主軸にしたかなり青春と鮮やかさを感じる内容だったなぁと改めて感じました。

始まった当初はそれこそ個性は突出してるけど協調性も無く生意気な面々ばかりですが、話が進むにつれて友情も技術も深まっていき、VSフォックスハンター戦で見せる殺陣やアクション、コンビ技は本当に目を見張るものがあります。

山田と沖田の暴に振り切ったコンビの泥臭い戦い方は野生味が溢れてて格好良いですし、今井さんと神里の長い付き合いだからこそ出せる息ぴったりの殺陣と敵の弾倉を奪って込めてトドメを刺すまでの流れは鮮やか。東雲さんの殺しに消極的ながらも、騙されたと知った以降の暴れ加減は見ててスッキリします。中でも、一番実力が低かった鹿目さんがデカい銃で敵を薙ぎ倒し、他の5人のピンチを救う瞬間はとんでもないカタルシスがありました。

6人のキャラをちゃんと立てた殺陣が多く見ていて楽しかったです。

物語自体も成長譚そして青春モノだなとしっかり感じれる中身でしたし、お昼ご飯や夕ご飯を共に囲う辺りは国岡さんが鹿目さんに語ってたように「無駄な時間の積み重ねが、振り返ってみれば人生で凄く大きなモノになっていたり」を象徴しているよなと思います。ああいうなんて事ない瞬間こそ切り捨てちゃいけない大切な時間なんだよなと改めて感じ入りました。

ギャグ面だと冒頭にあった神里さんの「コイツ...弾避けます!!」や意見をくるくる変える真中、大坂さんは終始挙動がおかしく強烈な印象を残してますし、浜辺さんの「グーパーチョキよりグレネードランチャーや」のフレーズはかなり好きです。

国岡[完全版]の部分でも語りましたが、あんなに戦いに消極的だった国岡さんが死体を埋める時に言い始めた「殺し一瞬、後処理一生」の言葉と共に駆け付けてくれるのは分かっていても胸が熱くなりますし、前作と変わらずカスな真中が弱者の意地を見せた双葉との一戦は舞台挨拶でRioさんが言ってた様に目頭が熱くなりますね。

そしてモキュメンタリーとしての画面から「映画」としてシネスコサイズになる手法と、(国岡シリーズそしてネムルバカでもあった)一番盛り上がるタイミングでのタイトル表示は劇伴と相乗してバチーンと決まっていて最高です。本当に好きだなと。

 

フレイムユニオン-最強殺し屋伝説国岡[私闘編]-

国岡シリーズ3作目。そして現状シリーズ最高潮だと個人的に感じている作品。

これまでのシリーズを通して常にカスとしか言いようが無い行動と言動ばかりを繰り返していた真中が自分の弱さと本心に向き合い、挑む展開。それでも自身の欲に負けてしまう姿は何度でも胸を熱くしてくれますし、自身と重なる様な部分もあるので喝を入れられる気分になります。決戦前夜の諦めムードで酒を飲んでうらぶれてる際に交わした文也との会話で泣きました。

練習した技が中々決まらないからこそ、「強い殺し屋は、ずるい殺し屋」という言葉を思い出して以降の機転を効かせたアクション。そして発勁すら決めてしまう流れはガッツポーズを決めたくなりますね。

真中の父である元祖京都1位の殺し屋の陸斗も厳しいけど最後に見せる愛情や、天内との師弟の絆は目頭を熱くさせますし、だからこそスポーツ漫画の様に爽やかな終わり方になっていたと思います。そして阪元監督が言ってた「手刀」を使う部分、どこだ....?となってましたけど、もしかして俺がチョップだと思ってた部分全部「手刀」だったっぽいな.....?

最終盤の国岡&真中VS陸斗&天内戦はシリーズで一番緊迫感がありました。旅Vlogの舞台挨拶で実演されてた様に、陸斗(藤澤アニキさん)の剣術はキレッキレだしそれを避ける国岡(伊能)さんの表情は本当に余裕が無かったですね。だからこそ真中が一旦離脱した後に1人で相手をする事になった際の「かかって来い」が余りにも格好良い。

今作の国岡さんも決闘に巻き込まれたりと変わらず不憫.....ですが、謝罪の為に渡した80万が霊感商法で消し飛ばされるとか流石に血管ブチギレるのは当たり前ですし、よく真中を撃ち抜かなかったよなとめっちゃ思います。その後にある真中の部屋で陸斗と殴り合ったのも緊迫感あってかなり好きでした。

久々に出てきた牧田さんも毒舌ながらしっかり芯捉えた言葉を言ってくるし、大坂さんも相変わらず挙動がおかしいですが、だからこそ常に求心力を発揮している部分がこの人の魅力だよなぁって改めて感じます。2人が真中救出の際に雑に国岡さんの名言イジってるの好きです。

人は簡単に変わらないし、変われない。それでも一歩踏み出していく勇気は必要だし踏み出してしまえば結果はちゃんと着いてくる。当たり前ではあるけど中々出来ない事に対しての激励の様な映画で、俺はやっぱ好きだし「やってやろうじゃねぇの」と、そう立ち上がらせてくれます。

舞台挨拶

自分も濃厚な時間を数時間かつ、眠気で脳がドロドロになっていたのでほぼほぼ内容は飛んでいますが、上映後の舞台挨拶で皆ヘロヘロになっている中松本さんだけは終電で一回家に帰って寝ていたのはちょっとズルじゃ無いですかね!?

確かに「強い殺し屋は狡い殺し屋」と言ってましたけども!!

そんな中でもここでは言えない深夜な話や、Rioさんの仰ってた「国岡シリーズは食事シーンが魅力的(だったっけ...)」というかなり頷きたい話、滝谷ドニーと天内のリベンジマッチ、伊能さんが今後やりたいアクションの方法をRioさんと実践してくれたり、最後の締めとしてサイン会までやってくれたりと本当に感謝しきれない事ばかりで楽しい時間でした。中でも上映前舞台挨拶で言っていた「国岡シリーズは真中目線で見るのも面白い」と言う話は素直に「あ、そう言う目線でも見れるのか」と言う発見がある話で印象的でした。

シアターから出れば長岡さんが写真撮影&サイン対応してくださるサプライズもあって感無量です。あの後ちゃんと帰りの電車でも部屋に帰ってからも寝ました。

 

総括

一晩通して国岡漬けのひと時でしたが、こうやって見てみるとシリーズの雰囲気は「ベビわる」見たく大きく変わる事は無いけどキャラ達の内面は成長しているし、段々と映像の見せ方も上手くなっているんだな....と思います。同時に、上映後の舞台挨拶で阪元監督が言ってた様に1作目の様なゲリラ撮影を交えての雰囲気ももう一回見て見たいですし、どんな形であれ実現して欲しいですね.....

また何かしらの形でこういうイベントはやって欲しいですし、飲みの最中に話の案が3,4つ程挙がったらしいこの先の国岡シリーズ本編やツアーズの展開も楽しみにしています。国岡さんに幸あれ!!!!!

上映後舞台挨拶

サイン本当にありがとうございます

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フレイムユニオンとベビわるナイト!の備忘録

1週間前の出来事にはなってしまいましたが、かなり久々にオールナイト上映と舞台挨拶に参加してきました。

当時はマジで眠気が酷過ぎてテンションおかしくなっていましたが、しかし不眠で映画を観る事自体は非常に快楽指数が高いのが本当に困り物だと思います。あまりにも楽しすぎる。特に面白いし胸が熱くなる映画だと尚更そう感じます。

そんな訳で今回は

・「フレイムユニオン 最強殺し屋伝説国岡[私闘編]」

・ベビわるナイト!(1,2,3)

の4作品を観てきました。マジでみっちりアクションアクションアクションの映画が続いたので死闘だったなと......

 

 

「フレイムユニオン 最強殺し屋伝説国岡[私闘編]」

シネマート新宿

黄龍の村」で知り、「ベイビーわるきゅーれ ナイスデイズ」をきっかけに作品を追い始めた阪元裕吾監督の最新作。

これを機に「最強殺し屋伝説国岡[完全版]」と「グリーンバレット 最強殺し屋伝説国岡[合宿編]」を通して見ましたがこれがすげぇ面白い。

ベビわるはゆったりした空気感の中にもどこかシリアスな雰囲気がある(体感)のですが、国岡シリーズは締めるところ以外はかなり緩く、思わず爆笑してしまう様な場面や掛け合いが数多くあってかなり好みでした。国岡さんも厄介な人や出来事に絡まれて可哀想ですけど格好良いです。

そんな「国岡シリーズ」の新作であるフレイムユニオン、個人的にはシリーズ最高傑作と正直言いたいし、2025年に観た作品の中でも屈指の傑作だな....という思いがあります。

言動も軽く、酒に逃げ、資金管理はだらしなく損害賠償金を霊感商法に騙され全ツッパ(最悪)、プライドも無い姿を数多く晒してる真中拓也が国岡さんと共に元・京都1位の殺し屋である父親の真中陸斗と弟子の柳楽敦に挑む今作は、かなり身に摘まれるというか、真中の言動にかなり身に覚えがあるものばかりで苦しくなりましたし、親戚でありフリーターとしてフラフラしてる文也にも感情移入してしまう瞬間がかなりありました。

国岡さんが真中に対して「殺し屋続けたいんだろ?」って問いかけ、真中が「まだ続けたい」って言うシーンはかなり泣きそうになりましたね(倫理観的にブッ飛んでるのは、そうなのですが)。

決戦に至るまでに様々な修行で身に付けた技が初手で決まらない。躱されたりするのは観ててハラハラしたし、「本当にダメなんじゃないか?」と思わされましたが、心と機転が変わればしっかりと決まっていく。何も無駄になんかなっていない展開は心が震えましたし、最終的には文也や陸斗が身に付けていた発勁もやってのけると言う真中が持っていたやる気と才能が開花した瞬間はガッツポーズしたくなるくらいにはカタルシスが凄かったと思っています。

ベビわる2でもそうでしたが、複数人での戦闘が最終的には1対1に収束していく構成はやはり見ていて気持ちが良いですね。ここら辺が戦闘バージョンの群像劇って感じがして好きなんです。

自身の限界や天井を見て擦れるけど、それでも諦め切れない、割り切れない気持ちを抱える人達が限界を越え、天井をブチ抜いていく様を見せ付けられる濃厚な103分。

自分も真中寄りの人間というか、ウダウダ言いながら逃げる癖があるし、作中であった「努力して、結果が出ないのが怖い」って感じの台詞にかなり共感がありましたが、そうは言いながらも逃げずに辛い現実や限界と向き合う姿を見て自分も「ちゃんとやってみよう」という心意気に自然となれました。

そんな中でもシリーズの持ち味である遊び心というか笑いの心も忘れずにちゃんと捩じ込んでくるのでもう満足感も凄い。大阪さんが突然仕切り出す辺りと国岡さんの1作目と2作目の決め台詞を使って雑にイジる流れがかなり好きです。

国岡さんを演じる伊能さんのキレのある格闘シーンはもう最高潮と言っても良いレベルで洗練された捌きを見せてくれましたし、2対1という劣勢の状態で繰り出す「かかってこいよ」の仕草はマジで格好良い。「最強殺し屋伝説国岡」の意味を実感します。

 

そんな胸が滾って放心状態の後に待ち受けているのは阪元監督がMCを務めての舞台挨拶。

ぼんやりとし始めてる記憶の中で思い出せる印象深い話として

・沖田遊戯さんが松本さんにやってたチョークスリーパーはちゃんと決まってた

・相澤さんがドロップキック習得の時にホワイトボードに書き出してたのはアドリブで、あの瞬間だけ「笑ってはいけない」になってた

・カットされているがドロップキック練習の時に松本さんは生卵飲んでた

・真中の部屋は知り合いの部屋を借りていて、詩織のセリフは率直な本心。

・国岡から真中への問いかけのシーンで実は松本さんが泣いてしまってた(使われてたのは2テイク目)

・ベビわる1で伊能さんがやった「おいで」リベンジが今回2対1になった時にやった格好良い「おいで」

がありました(間違っていたらすみません)。聞いていて愉快な話ばかりで笑いが止まらなかったのも覚えています。

そんな中で、伊能さんが最後の挨拶の時に言っていた「モラトリアムを続ける為にはそれ相応の努力はしないといけないと思っています」という言葉。

上記の内容と被ってますが、この言葉には作品と同じくらいの力を貰えたので、この先もウダウダと言いながらもちゃんと努力を積み重ねて行けたらなと心底思います。言葉だけじゃなくて。

 

上映後のサイン会でしっかり貰ってきました。本当にありがとうございます。

 

ベビわるナイト!

シネマート新宿

サイゼリアで夕飯を食べながら時間を潰して23時。

この日2本目にして、正しく死闘になる予感しかしない「ベイビーわるきゅーれ」シリーズのオールナイト上映。

1作目をまだ劇場で観れてなかったことや、2,3を久々に大きなスクリーンで観れた事含めてかなり楽しい時間にでした。やっぱりパソコンやテレビの小さい画面で見るより大きな画面の方が(当たり前ですが)迫力ありますね。

上映開始前にあった舞台挨拶で阪元監督が書いた脚本の朗読ではベビわる2の着ぐるみ大喧嘩の後に花束おじいさんが止めに入ったり、その後にも喧嘩を見て東リべを思い出すくだりが披露されて驚きましたね。映像範囲でもかなり完成されてたギャグパートだと思ってたので...

かえでとまひろの決戦パートは両者の一途なまでの熱い想いが書き記されていて、特に「かえではまひろの攻撃を受け流すのではなく真正面から受け止めるようになる(うろ覚え)」という描写を踏まえた上で3を見て、確かにスタイルが変わってたのは今回の発見でした。

ベビエブでの夏目さん戦の脚本もやはり熱く、そして哀愁に溢れた内容でしんみりとしてしまうなと.......

そんなお腹いっぱいになる位の舞台挨拶を経て、いよいよ3作品の上映が始まりました。

ベイビーわるきゅーれ

今改めて見返すと次の2作と比べてかなり雰囲気がギス....ギス.....って感じが強かったのと、後半にある喧嘩からの和解の流れはベビエブでかなり昇華された展開になってたなとか思いました。

全体的にちさと(髙石あかりさん)から出るオーラの凄みやメイド喫茶でヤの人を撃ち殺した後のちさとの表情はかなり印象深いですし、仲直りしてから速攻でまひろを頼るちさとがかなり好きでした。こう振り返ると1作目は自分にとってちさとがかなり印象に残る作品だったのかなぁと。

勿論まひろの上手く馴染めない感じは自分も「あ〜....」って心当たりがあって共感出来るキャラなのですが、後の2作やドラマの方がより好きなキャラになってたな。という。

ベイビーわるきゅーれ 2ベイビー

個人的にはベビわるシリーズで一番好きな話。

ナイスデイズが最高峰なら2ベイビーは最高潮。みたいな印象があります。話は1や3に比べるとかなりコンパクトに纏まっていますが、だからこそどのキャラも魅力がギュッと詰まった展開になっていたと思うし、ちさまひが生きる「日常」と神村兄弟が生きる「日常」の明暗をハッキリと感じられる構成になっていたのが良かったし苦しくもなる部分。

赤木さんが死んでる部分や、そこら辺についてプリンを食べながら須佐野さん達が語り合ってるとか正にそういったコントラストが際立っていたと思います。

 

そしてこの作品は神村兄弟は本当に魅力的なキャラに仕上がっていたと思うんです。

まことの脳天気だけど一途な姿、ゆうりのチンピラみたいな風貌から溢れ出る情熱。最悪な環境でもめげずに前を向き続ける、最期の瞬間まで可能性に賭ける熱い魂を持った彼らを見てると本当に泣けてくるし、やっぱ死んで欲しくなかったよな.....って気持ちで満たされる。

ゆうりはダサいって言ってましたけど「南中バスケ部」の掛け声めっちゃ好きなんですよね。あの追い詰められた状況であの掛け声で喝を入れるのは滾りますよ。

遮蔽物に隠れた際のセリフにあった様にお互いが「もしも」的な立ち位置だから最後に撃ち殺されるのは綺麗で、切ない。でもだからこそ最高だって思えるキャラにまで昇華されてるんだよなと。

全体的に神村兄弟に対しての印象が大部分を占めてる作品ですが、他に挙たい部分としては、田坂さんが撃たれた後のちさとの表情と声色の変わり様とか、田坂さんが「やっちゃっていい」って言う時に宮内さんの表情がどんどん笑顔になってく辺りですかね。

田坂さんってかなり憎たらしい感じだけど、そかはかとなく大切にされてるよなって感じれるので。

 

加えて、やはり2ベイビーは戦闘パートのスタイリッシュさが随一だと思います。フレイムユニオンでもそうですが、複数人戦からのタイマン勝負に持ち込むまでの魅せ方が本当に上手いなと感じました。

ゆうりがまひろに蹴りを入れた辺りからのキレの蹴りと打撃の応酬が印象的です。あの飄々としつつ抜かりなく攻めていく感じが格好良いんです。

 

ベイビーわるきゅーれ ナイスデイズ

初めて劇場で観た思い出深い作品。今回で3回目ですが、やはり全編通してアクションが続くので見応えがありますね。どのアクションも洗練されていて常に格好良い。

冒頭の県庁内という狭い空間を生かしたチェイスと奪い合いは見てて楽しいですし、ここから始まる池松さんのとんでもない動きは何回見ても驚かされますし、最終盤のVSちさまひ戦で見せた獣の様な迫力ある捌きや格闘は感嘆の域。「え!?そんな動き出来るんですか!?!?」という。ずっと見てられますね。

 

2ベイビーは神村兄弟が魅力的だった様に、ナイスデイズでは冬村かえでと入鹿みなみさんが際立って魅力を感じれたキャラだったと思います。

冬村かえではちさとに出会えないまま強くなってしまったまひろ。と言う雰囲気を感じつつ、根本的な部分にあるどうやっても輪に馴染めない虚しさ....渇望....の様な感情には、どうしても身に覚えがある。壊れてはいるし、共感出来る訳でも無い。けど、それでも親近感を抱かずにいられない絶妙なバランスのキャラだと感じました。

冒頭や日誌の時点で既に異様かつタガが外れてる雰囲気がビンビンでしたけど、個人的にはファーム戦の際に襲ってきた殺し屋の一人をナイフで雑にサクサク刺してるところや、説得の時に大声を出してしまう辺りが一番そこを感じた部分。

入鹿さんはクールかつ格好良いと思いつつ、「何かしらのキャラに影響を受けた行動を取る。」みたいな事をしてた時期はあったな....ここまで拗らせたりは無かったけども.......と生暖かい気持ちになりました。

しかし根本的には良い人で素直な方で、だからこそ初めは啀み合ってたちさととも仲良くなれた─銃弾が無くなったちさとに弾倉を渡すところとか良い笑顔してて熱い気持ちになります─と言うのを踏まえると、かえでとは真逆に位置していたキャラなんですね。

 

酔っていた時に声優ラジオの話してたり、「忍たまおじゃる丸。からの〜天才てれびくん!(うろ覚え)」とか言ってたのを踏まえると割と同年代なんだろうか.....

 

ナイスデイズの一番好きな部分として挙げたいのは、かえでとまひろの一騎打ち直前での会話なんですよね。神村兄弟の名前は知らなくても、あの勇姿をまひろは覚えてくれていたって事実が、彼らが生き抜いた証であり今までの積み重ねの上にナイスデイズまで繋がっている。と言うのを凄い感じて目頭が熱くなるんですよ。

それ以外にも、1作目がケーキを食べて終わったのと同じ─そしてより噛み締める─オチだったり、(意識していたのかは分からないですけど)県庁戦で絞められてたまひろの脱出の仕方がゆうりと同じだったり....と、これまでにあった出来事や小ネタの総決算的な部分がちょいちょいあったのもジーンとした気持ちになりました。そう言う部分も含めて、この作品は最高峰だなって思います。

 

総括

前々日から「国岡[完全版]」「グリーンバレット」を見た上での「フレイムユニオン」と「ベビわるナイト!」だったので殺し屋達と駆け抜けた三日間でしたが、国岡とベビわるはなんか光と闇の殺し屋の物語だなって印象が芽生えました。

ベビわる単体で見てる時はそこまで感じなかった闇...というか作品全体に漂う薄暗さを同じ世界観ながら明るく楽しく(?)やってる国岡さん達を見てると否応なく自覚してくるし、そう言った暗い部分がベビエブで全開になったんだなという。

同じ監督、同じテーマでもここまで雰囲気がやテイストが違った作品になると言うのは、分かってはいますけど不思議な気分になりますね。

一応ベビわるシリーズはベビエブを以て一旦の区切りみたいですが、国岡シリーズはまだまだ続いて行きそうですし、今後の展開もかなり楽しみにしています。どこを取っても濃く熱くなれる作品たちを存分に楽しめた1日で本当に最高でした!!

 

改めてフレイムユニオン、公開中ですので是非に。

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2ベイビー最高の戦闘

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